千と千尋の神隠しのモデルとなった場所はここ!
2021年08月07日 更新
江戸東京たてもの園
千と千尋の神隠しのモデルとなった場所としてまず欠かせないのが、東京都小金井市にあるスタジオジブリの制作スタジオから徒歩でも遠くない距離にある「江戸東京たてもの園」です。 これはスタジオジブリの公式サイトのQAページにも「大いに参考にした場所」として記載されています。 江戸東京たてもの園は、文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示する野外博物館です。
園内にある「鍵屋」は、千尋の両親が豚になって食べ物を食い散らかしていたシーンの建物に似ています。 この鍵屋は、台東区下谷の言問通りにあった居酒屋で、1856年ごろに建てられたと言われているものを移築した建物です。
また「子宝湯」は、湯屋「油屋」のモデルになったと公式に名言されています。子宝湯の縁側はカオナシが雨の中で突っ立ていたので千尋が窓を開けて、カオナシを「油屋」に入れてしまったシーンの風景が有名です。神社仏閣を思わせる大型の唐破風などの贅沢な宮造りの銭湯です。
「武居三省堂」は、湯屋「油屋」の釜爺(かまじい)が住むボイラー室にとてもよく似ています。床から天井まで続くたくさんの引き出しは、クモのように長い六本腕を使って薬湯の素となる薬草を調合する釜爺が思い浮かびます。武居三省堂は、明治初期に創業した文具店で、当初は書道用品の卸をしていたようです。
「高橋是清邸」は、千尋が寝泊まりする湯屋の娘たちの部屋の面影があります。 仕事終わりの千尋が夜食のお饅頭を食べているシーンや傷だらけになったハクが部屋に飛び込んでくるシーンです。日本の政治を担った高橋是清の住まいの主屋部分です。和風邸宅に窓ガラスが使われています。
園内にある「都電7500形」は、銭婆に会うため千尋が乗った電車に似ています。ハクを救うために片道電車に乗って銭婆に会いにいくシーン。園内の東ゾーンの下町中通りに展示されています。渋谷駅と新橋駅の間を走っていたそうです。
江戸東京たてもの園
〒184-0005 東京都小金井市桜町3丁目7−1
道後温泉本館
八百万の神々が客として集う場所として描かれ湯屋「油屋」のモデルになったと公式に名言されているもう一箇所の場所が、四国・愛媛県松山市にある「道後温泉本館」です。明治期に改修された珍しい木造3層の近代和風様式の建築で、1階には「神の湯」、2階には「霊の湯」の2つの浴場があります。
道後温泉本館
〒790-0842 愛媛県松山市道後湯之町5−6
積善館
さらにファンの間で湯屋「油屋」のモデルのひとつとではないかと噂されているのが、300年以上もの歴史をもつ四万温泉の湯宿「積善館」です。 本館前の赤い橋は千尋が人間がいるとばれないように息を止めて橋を渡るシーンにそっくりです。夕暮れ時に宿の外観がライトアップされ、一層幻想的な光景になります。積善館内の渡り廊下は、一部トンネルになっており、「千と千尋の神隠し」の冒頭の異世界に入る際のトンネルにそっくりと言われています。
積善館
〒377-0601 群馬県吾妻郡中之条町四万温泉
文化財の宿で昔ながらの湯治体験。有名映画のモデルになった「元禄の湯」を満喫♪♪1泊2食で8250円〜
参考宿泊料金 | 10450円〜 |
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チェックイン時間 | 15:00〜 |
チェックアウト時間 | 〜10:00 |
モデルであることが否定された場所
なお、台湾の「九份」は似た街並みからモデル地になったという噂が広まったことがありますが、この「九份」に関しては宮崎駿本人が「台湾には行ったことがない」と否定しています。
また、長野県の渋温泉にある「金具屋」も油屋のモデルになったのではないかと言われていますが、これについては金具屋の公式ホームページで以前に宮崎駿が宿を訪れた記録がないことが書かれていました。(現在はページが削除されています) 金具屋の見解として、大正から昭和にかけて作られた旅館が映画のモデルになっていることから、似た景観の描写になったのだろうとしています。
また愛媛県伊予市の下灘駅近くの「海に沈む線路」が銭婆に会うため駅まで千尋が裸足で線路を歩くシーンにそっくりだとTwitter・Instagramで話題になりました。 しかしこの場所は造船所の私有地で、造船所の公式Facebookでモデルでないことを公言し、私有地に多くの人が訪れてしまうため「来ないで欲しい」と呼びかけています。
映画情報
千と千尋の神隠し
10歳の千尋は、両親と引越し先のニュータウンに向かう途中に異世界に迷い込む。そこでは、人間は湯婆婆が経営する湯屋で働かない限り、ブタや石炭にさせられてしまうのだった。ブタになった両親を助けようと、千尋はそこで働きはじめる。